2008年02月04日

我が家のねこ紹介

なんちゃん一家のこと。


2000年
(ニャン数、1匹)
8月27日、我が家に生後3週間位の仔猫が来た。
夫の勤め先の人が、出勤途中に保護した
生後1ヶ月にも満たない仔猫。 

保護場所は、周りには民家もなく
国道と田んぼの間にある川の橋のもと。
懸垂状態で落ちそうになってぶらさがっていたらしい。
会社では誰も貰い手がなく、我が家へ・・。
(最初に「な~~ん」と鳴いたので、名前が「なん」になった。
  

2001年
(ニャン数、5匹に・・・)

室内飼いの「なん」が、生後10~11ヶ月の頃、脱走。
その結果、妊娠。9月に、無事4匹の仔猫を出産。
(なんは発情期の症状が全くなくて
まだ子猫だし・・・と、避妊手術を躊躇していたため。)

今思えば当たり前のことだけど
当時は私達の知識が乏しかった。
その後はきちんと避妊手術をするようになり
現在は全員手術済み。

生まれた仔猫の可愛さにメロメロになり
里子に出すことなど頭にも浮かばず、全員うちの子に。
子猫には、当時ファンだったロックバンド「ZIGZO」の
メンバーの名前を(勝手に)もらって付けた。
「デン」「サクラ」「テチ」「リョウ」
  

「なん」はとても寂しがりやの猫だったので
世話好きの良い母親になった。
仲の良い5匹家族の可愛い仕草。
この頃が、猫たちにとって一番穏やかで
平和な時代だったのかもしれません。。。





  
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びわ一家のこと。

2002年
(ニャン数、10匹に・・・)

5月、義父母のお墓のある墓地にて
足が不自由で、妊娠中(臨月)の成猫(推定5~8歳)を保護。
 
エサヤリの方がいることを知って聞いてみたら
姉弟(兄妹)で捨てられていたのだという。
弟(兄)のほうは、捕獲~去勢手術をしてもらっていて
墓地近辺で親分のようになっていた。
私が保護したその足の不自由な猫(びわ)はとても気が強く
捕獲が困難だったのでなかなか避妊手術できず
妊娠してしまったらしい。
  

一日検査入院させ、家に連れて来た翌日、5匹の仔猫を出産。
当時、びわ湖の近くに住みたいという希望があったので
親子とも北琵琶湖付近の地名にちなんだ名前を付けた。

「びわ」「伊吹」「余呉」「虎」「姫」「ムク」
(長毛種っぽくムクムクしていた子は
ひとりびわ湖に関係ない名前にしてしまったが
その子だけが里親さんが決まった。





 
なんちゃん一家で親子猫の仲の良さを経験し
猫でも、親子はみんな仲の良いものだと思っていたが・・

避妊手術後、びわは全く母親という自覚がなくなり
自分の子に威嚇し出す始末・・。(><)

なんちゃんの子たち4匹は、兄弟仲が良く
いっしょに寝たり、舐めあったりしているのに
成長してからのびわの兄弟姉妹たちには、そういう気配がなくなった。

なんちゃんはずっと母性愛を持ち続けている猫だが
びわが母性のない猫ゆえに、子どもたちまで兄弟愛や同族意識が薄い。

「たくさん飼っていても、親子猫なら楽でしょう?」と言われるが
びわ親子5匹に限っては、全然それが当てはまらない。
他人どうしの猫が5匹いるのといっしょ。いや、それ以下かも・・・・(TT)
家で生れたのに野性が強く(?)♂も♀も家のあちこちでオシッコをする。

一番テマヒマかけて、神経使って育てた子たちなのに~~~
全く恩知らずなびわ一家なのである・・・。(><)




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2003年
(ニャン数、11匹に・・)

4月、同上の墓地にて仔猫(生後1ヶ月位)を保護。
その3日ほど前から、仔猫の声が聞こえていたが
探しても見つからなかった子のようだった。

里子に行ったムクと同じ毛色なので「むっく」と名付ける。
むっくはとても寂しがりやで、騒がしくて、無邪気で・・・
身体が大きいけど、子どもっぽくて可愛い猫である。(^^)




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同 初夏
近くの駐車場で保冷箱に入った
まだへその緒のついたままの仔猫を夫が保護。「しろちゃん」
(獣医さんの指導のもと、必死に世話した甲斐もなく3日後に他界)

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同 8月

3~4ヶ月の介護の末
生後1ヶ月頃から、17年生活を共にした愛犬「コロ」が老衰で他界。
子猫が増え、コロが臥せてしまった毎日は大変だったが
最期まで家で看取ることができて良かったと思う。



 
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2004年
(ニャン数、12匹に・・)

6月、亡き義父母の家の物置にて仔猫(生後1ヶ月位)保護。
目やにで目が完全に塞がっていた。
猫風邪で4~5日入院。全快。
名前は「ひらりん」通称ひーちゃん。





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2005年
(ニャン数、13匹に・・)

7月31日  庭の物置奥で仔猫(生後3週間位)を保護。
ひらりんよりも、もっと目やにでガチガチだった。
猫風邪が重く、2週間ほど入院した。全快。

「ぽかぽか地球家族」で知った
中国少数民族の「苗族(みゃおぞく)」を支援している人と
知り合った頃だったので
それにちなんで「苗(みゃお)」と付けた。



    
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2005年

8月半ば、猫たちを連れて
関西の町から、関西の田舎に引っ越しをする。


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2005年9月7日
(ニャン数12匹に・・)

「なん」の娘の「リョウ」が心筋症で急逝。

深夜に、確実に複数の獣医さんが常駐しておられ
スタッフや設備は充実していた。
 病気の説明も丁寧で親切だった。
「南京都夜間動物病院」の皆様には心より感謝する。


リョウはわたしによく懐いていて
いつもいっしょに寝ていた子であり
わたしを一番理解してくれる子であった。

夜間動物病院から
転院した後の獣医で受けたわたしの心の傷は
癒えることはないだろう。

  
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支援している猫。


リョウが他界したあと、リョウの食費の分だけでも
不幸な猫ちゃんの支援をしたいと思い
アニマルレフュージ関西のスポンサーシップ1になった。
(ひと月 3,000円の支援)


カルカッタちゃんを支援していたが、高齢のため他界。



そのあとにスポンサーになったみどりちゃん。
みどりちゃんは公園で暮らしていた子だったらしい。
心ない人からの虐待で大ケガを負い、アークに保護された。
虐待による後遺症で後ろ足が麻痺、自力で排泄ができない。
酷い目にあったストレスで自分の尻尾を噛み付く症状が出て
(猫エイズキャリアでもあり)一時は安楽死も考えられたそうだ。
しかし、それではあまりにも不憫だと、スタッフの方々が
懸命にケアをし今は人懐こい子になっている。




アークは保護して里子に出すための施設であり
みどりちゃんのよう障害や高齢などで
里子に出難い子はスポンサーキャットとして支援を募り
生きてゆける道を作っている。


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Posted by にゃわ at 12:12 │Comments( 0 )TrackBack( 0 ) うちのねこ歴

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