2008年03月01日
ここから・・
月一度の、義父母のお墓参りに行って来ました。
うちから高速を使って、車で1時間半くらい。
オットが子どもの頃は、この墓地の辺りは静かな丘陵地だったらしいけど
今では、増え続ける住宅・店舗、巨大なマンションに囲まれています。
近くの国道は、渋滞・・ますます交通量が多くなっていました。

びわを保護したのはこの墓地です。

当時は、このマンションもまだ建っていなくて
この墓地や、向かいの社宅の庭や、廃屋のような家に、ノラネコの姿を見ました。
時間を決めて、エサヤリに来ている人から
手術や治療をしてくれてる人もいると聞いて、安心して引っ越して来たけれど
どんどん町は変わって行ってしまいました。仕方がないことだけど。
廃屋もなくなり、隣の会社の物置き場もなくなり
お墓参りに行っても、辺りにネコの姿を見ることはなくなってしまいました。
みんなどこかに行ってしまったのか、生きてはいないのか。。
仲の良いなんちゃん一家・猫5匹と、愛犬1匹と
平和に暮らしていた我が家が、このびわ保護で一変し
その翌年は、同じくこの墓地で保護したむっくが増え・・
言わば、ここから、この場所から、我が家の運命が・・・!!(^0^:)
滋賀県に引っ越すキッカケ(ハズミ?)も、この場所から・・・!?
うちに来た日のむっく。

サクラとデンといっしょに・・
今はむっくのほうが大きくなってしまっていますが。。(^^;

下の息子の、大きな手の中のむっく。

むっく、3歳のお誕生日(2006・4・7)に書いた日記です。
保護したときの様子を書いていますので転載しました。(^^)
3年前のきょう 義父母のお墓のある墓地で
迷い猫なのか捨て猫なのか
むっくを保護した
その日は月曜日だったと思う
その前々日の土曜日
オットと買い物がてら散歩の途中
マンション建築中の臨時の駐車場で
仔猫の鳴く声を聞いた
駐車してある車の下や草むらの隅々・・
ふたりで探したけど仔猫の姿はなく
そのうち どこからか現れたオトナ猫
「え?まさか、この子の声?」と不信に思ったが
その頃 いつも持ち歩いていたカリカリを
駐車場の隅に少し置いて買い物に行き
帰りにもう一度寄ってみたが仔猫はいなかった
カリカリはきれいに食べてあった
当時 墓地に3~4匹の成猫のノラさんが出没していた
そのときは 定期的に餌をやってる人がいるとも知らず
毎日墓地へ カリカリや猫缶を持って行っていた
猫が4匹のこともあれば 1匹もいないこともあった
その日は誰もいなかった
お墓のお水を替えて帰ろうとしたとき
墓地の奥から 悲痛な仔猫の声が聞こえた。
「・・・・・・・・」(◎Å◎)
とっさに頭に浮かんだのは交通事故に遭った猫
ケガをして血まみれになった猫
「ああ・・どうしよう。。探すべきか、帰るべきか。。」
当然 探しに行った
すると 墓石の間の狭いところに
小さな小さな猫がいた
一瞬ほっとした 良かった!ケガはしていない
土曜日に駐車場にいたのは この子だったのかもしれない
墓地と 駐車場は10mくらいしか離れていないのだ
だが しかし ちょっと待て・・
うちには10匹の猫と
1匹の要介護の老犬がいる
ごめんね、もう飼ってあげられないからね・・
仔猫の前に カリカリを置いて
逃げるようにその場を離れた
それでも気になる
ちゃんとカリカリ食べてるかな?
仔猫のいた場所に戻ったが 姿がない
カリカリは全く食べてなかった
探したけどいない またどこかに移動したのだろうか
これで良かったんだ
会わなかったことにしよう そうしよう もう考えまい
自転車に向かって歩きかけたとき
墓石の間から 私のまん前に仔猫が飛び出して来た
私のあとを追って
墓石の隙間を抜けて来たのだろう
思わず抱き上げた
仔猫は私のジャケットの中にもぐりこみ
左の袖の中に入ってしまった
自転車で来たのに このまま乗ることは出来ないし・・
途中 大きな交差点があり
車のけたたましい音で
仔猫が服の中から飛び出して来たらどうしよう・・
自転車はあとから取りに来ることにして
そのまま墓地に置いて帰ることした
家まで20分ほど、ドキドキしながら歩いた
夜 獣医さんに連れて行ったが
幸運なことに何にも感染していなくて健康体だった
前の年に びわの産んだ5匹の仔猫たちの里親さん探しでは
傷つくことが多く 疲労だけが残った
私達は もう里親さん探しをする気にはなれず
結局その猫はうちの子になった
むっくはおなかがすいていたのか
うちに連れて帰ったらパクパク食べた
墓地では 空腹よりも
心細さと寂しさとで 食べる気も起こらなかったのだろう
そのときの空腹感が今でも記憶に残っているのか
とにかくおなかが空くと ミャーミャーやかましい
手の平に乗るような仔猫だったむっくが
私のことを信じ切って
よじ登ってしがみついて来たときの
あの 仔猫のたよりなげな
ふにゅふにゅとした身体の感覚は
今も私の記憶にしっかりと残っている
それにしても・・・むっくは大きな猫になったものだ
むっくちゃん 3歳のお誕生日おめでとう 2006・4・7
うちから高速を使って、車で1時間半くらい。
オットが子どもの頃は、この墓地の辺りは静かな丘陵地だったらしいけど
今では、増え続ける住宅・店舗、巨大なマンションに囲まれています。
近くの国道は、渋滞・・ますます交通量が多くなっていました。

びわを保護したのはこの墓地です。

当時は、このマンションもまだ建っていなくて
この墓地や、向かいの社宅の庭や、廃屋のような家に、ノラネコの姿を見ました。
時間を決めて、エサヤリに来ている人から
手術や治療をしてくれてる人もいると聞いて、安心して引っ越して来たけれど
どんどん町は変わって行ってしまいました。仕方がないことだけど。
廃屋もなくなり、隣の会社の物置き場もなくなり
お墓参りに行っても、辺りにネコの姿を見ることはなくなってしまいました。
みんなどこかに行ってしまったのか、生きてはいないのか。。
仲の良いなんちゃん一家・猫5匹と、愛犬1匹と
平和に暮らしていた我が家が、このびわ保護で一変し
その翌年は、同じくこの墓地で保護したむっくが増え・・
言わば、ここから、この場所から、我が家の運命が・・・!!(^0^:)
滋賀県に引っ越すキッカケ(ハズミ?)も、この場所から・・・!?
うちに来た日のむっく。

サクラとデンといっしょに・・
今はむっくのほうが大きくなってしまっていますが。。(^^;

下の息子の、大きな手の中のむっく。

むっく、3歳のお誕生日(2006・4・7)に書いた日記です。
保護したときの様子を書いていますので転載しました。(^^)
3年前のきょう 義父母のお墓のある墓地で
迷い猫なのか捨て猫なのか
むっくを保護した
その日は月曜日だったと思う
その前々日の土曜日
オットと買い物がてら散歩の途中
マンション建築中の臨時の駐車場で
仔猫の鳴く声を聞いた
駐車してある車の下や草むらの隅々・・
ふたりで探したけど仔猫の姿はなく
そのうち どこからか現れたオトナ猫
「え?まさか、この子の声?」と不信に思ったが
その頃 いつも持ち歩いていたカリカリを
駐車場の隅に少し置いて買い物に行き
帰りにもう一度寄ってみたが仔猫はいなかった
カリカリはきれいに食べてあった
当時 墓地に3~4匹の成猫のノラさんが出没していた
そのときは 定期的に餌をやってる人がいるとも知らず
毎日墓地へ カリカリや猫缶を持って行っていた
猫が4匹のこともあれば 1匹もいないこともあった
その日は誰もいなかった
お墓のお水を替えて帰ろうとしたとき
墓地の奥から 悲痛な仔猫の声が聞こえた。
「・・・・・・・・」(◎Å◎)
とっさに頭に浮かんだのは交通事故に遭った猫
ケガをして血まみれになった猫
「ああ・・どうしよう。。探すべきか、帰るべきか。。」
当然 探しに行った
すると 墓石の間の狭いところに
小さな小さな猫がいた
一瞬ほっとした 良かった!ケガはしていない
土曜日に駐車場にいたのは この子だったのかもしれない
墓地と 駐車場は10mくらいしか離れていないのだ
だが しかし ちょっと待て・・
うちには10匹の猫と
1匹の要介護の老犬がいる
ごめんね、もう飼ってあげられないからね・・
仔猫の前に カリカリを置いて
逃げるようにその場を離れた
それでも気になる
ちゃんとカリカリ食べてるかな?
仔猫のいた場所に戻ったが 姿がない
カリカリは全く食べてなかった
探したけどいない またどこかに移動したのだろうか
これで良かったんだ
会わなかったことにしよう そうしよう もう考えまい
自転車に向かって歩きかけたとき
墓石の間から 私のまん前に仔猫が飛び出して来た
私のあとを追って
墓石の隙間を抜けて来たのだろう
思わず抱き上げた
仔猫は私のジャケットの中にもぐりこみ
左の袖の中に入ってしまった
自転車で来たのに このまま乗ることは出来ないし・・
途中 大きな交差点があり
車のけたたましい音で
仔猫が服の中から飛び出して来たらどうしよう・・
自転車はあとから取りに来ることにして
そのまま墓地に置いて帰ることした
家まで20分ほど、ドキドキしながら歩いた
夜 獣医さんに連れて行ったが
幸運なことに何にも感染していなくて健康体だった
前の年に びわの産んだ5匹の仔猫たちの里親さん探しでは
傷つくことが多く 疲労だけが残った
私達は もう里親さん探しをする気にはなれず
結局その猫はうちの子になった
むっくはおなかがすいていたのか
うちに連れて帰ったらパクパク食べた
墓地では 空腹よりも
心細さと寂しさとで 食べる気も起こらなかったのだろう
そのときの空腹感が今でも記憶に残っているのか
とにかくおなかが空くと ミャーミャーやかましい
手の平に乗るような仔猫だったむっくが
私のことを信じ切って
よじ登ってしがみついて来たときの
あの 仔猫のたよりなげな
ふにゅふにゅとした身体の感覚は
今も私の記憶にしっかりと残っている
それにしても・・・むっくは大きな猫になったものだ
むっくちゃん 3歳のお誕生日おめでとう 2006・4・7
2008年02月15日
家のネコが10匹になった日
きょうは、先日ご紹介したびわちゃんの子どもたちのお話です。
生後2ヶ月頃の伊吹(イブ)ちゃん、ちょっとピンボケですが好きな写真です。

びわは保護した翌々日、2002年5月24日に、5匹の仔猫を産みましたが
びわの人間への威嚇は、出産後いちだんと激しくなり
わたしがびわの部屋に入るだけで、足に飛び掛って来ました。
仔猫たちが、乳飲み子のときはよかったのですが
1ヶ月半頃、仔猫までがわたしたちに「シャーシャー」と言うようになり
1匹、また1匹と、びわに気付かれないように離しました。
なんちゃんの子のときは、親猫がちゃんとトイレのしつけをしてたのに
びわは、仔猫が部屋の隅で垂れ流しても知らん顔だったのです。
わたしが仔猫をトイレに座らせようとすると、とんで来て噛みつき、引っかく始末。
子を守ろうという気持ちはわかりますが、これでは里子に行けるはずがありません。
やっとの思いで仔猫を離したら、すぐにびわに発情期が来て
大騒動でびわを避妊手術に病院へ・・。
投薬すらできない状態だったびわは、抜糸まで1週間ほど入院させてもらいました。
なんともお騒がせなネコなのであります。。(^^;
子猫のときの画像はこちらで・・↓
『2002年びわっ子たち』
『わんぱくだったびわっ子たち』
当時わたしたちは、びわ湖の近くに住みたいと思っており
希いを込めて、仔猫たちにびわ湖周りの地名をつけました。
びわ→「伊吹」 「余呉」 「虎」 「姫」 「ムク」 (なぜか、ムクだけびわ湖に関係ない名前)
里子に行ったムクちゃん。この子が一番里子の問い合わせがありました。
でも、「先住猫が引き篭もってしまったから・・」と言われて引き取りに行ったり・・
里親申し込みの人の家に出発しようとしてたら
「やっぱりもう結構です。」とメールが来たり・・
この子にはホントに気の毒なことをしました。
可哀相だからもうやめようと思ったとき、今の里親さんにめぐり合いました。
その里親さんの電話番号が、わたしのラッキー数字だったこともあり
なんとなく、ピピピ・・と来て、これを最後にと・・・
不思議な数字の縁はまだあって
年令はかなり違いますが、なんと里親さんは、わたしと同じ誕生日だったのです。(^^;
楽しい里親さんで、ムクは幸せに暮らしています。

その年は仔猫ラッシュと言われ、里親さん募集の数が非常に多く
獣医さんにもチラシも貼ってもらってたのですが
病院で預かっておられた、5匹の仔猫は里親さんが決まったのに
うちは誰からも連絡がないまま。(涙)
生後2ヶ月頃の伊吹(イブ)ちゃん、ちょっとピンボケですが好きな写真です。

びわは保護した翌々日、2002年5月24日に、5匹の仔猫を産みましたが
びわの人間への威嚇は、出産後いちだんと激しくなり
わたしがびわの部屋に入るだけで、足に飛び掛って来ました。
仔猫たちが、乳飲み子のときはよかったのですが
1ヶ月半頃、仔猫までがわたしたちに「シャーシャー」と言うようになり
1匹、また1匹と、びわに気付かれないように離しました。
なんちゃんの子のときは、親猫がちゃんとトイレのしつけをしてたのに
びわは、仔猫が部屋の隅で垂れ流しても知らん顔だったのです。
わたしが仔猫をトイレに座らせようとすると、とんで来て噛みつき、引っかく始末。
子を守ろうという気持ちはわかりますが、これでは里子に行けるはずがありません。
やっとの思いで仔猫を離したら、すぐにびわに発情期が来て
大騒動でびわを避妊手術に病院へ・・。
投薬すらできない状態だったびわは、抜糸まで1週間ほど入院させてもらいました。
なんともお騒がせなネコなのであります。。(^^;
子猫のときの画像はこちらで・・↓
『2002年びわっ子たち』
『わんぱくだったびわっ子たち』
当時わたしたちは、びわ湖の近くに住みたいと思っており
希いを込めて、仔猫たちにびわ湖周りの地名をつけました。
びわ→「伊吹」 「余呉」 「虎」 「姫」 「ムク」 (なぜか、ムクだけびわ湖に関係ない名前)
里子に行ったムクちゃん。この子が一番里子の問い合わせがありました。
でも、「先住猫が引き篭もってしまったから・・」と言われて引き取りに行ったり・・
里親申し込みの人の家に出発しようとしてたら
「やっぱりもう結構です。」とメールが来たり・・
この子にはホントに気の毒なことをしました。
可哀相だからもうやめようと思ったとき、今の里親さんにめぐり合いました。
その里親さんの電話番号が、わたしのラッキー数字だったこともあり
なんとなく、ピピピ・・と来て、これを最後にと・・・
不思議な数字の縁はまだあって
年令はかなり違いますが、なんと里親さんは、わたしと同じ誕生日だったのです。(^^;
楽しい里親さんで、ムクは幸せに暮らしています。

その年は仔猫ラッシュと言われ、里親さん募集の数が非常に多く
獣医さんにもチラシも貼ってもらってたのですが
病院で預かっておられた、5匹の仔猫は里親さんが決まったのに
うちは誰からも連絡がないまま。(涙)
『インターネット(いつでも里親募集中)からの、里親さん候補申し込み数』
ムク・・・4件 (断るのが気の毒な家庭の事情の、若い女の子がいて辛かった。)
伊吹・・・2件 (1件は、ワンルームの若い女の子。うさぎが2匹部屋にいた。昼間留守。TT)
余呉・・1件 (若い男性の一人暮らし・・ちょっとねー。)
虎・・・1件 (わたしが疲れきった頃の申し込みで、話を進める気力がなく辞退。TT)
姫・・・なし(TT)
あ、そうそう、「何匹でもいいから下さい。動物の国を作りたいから。」
なーんて申し込みもありました。(^^;
ムク・・・4件 (断るのが気の毒な家庭の事情の、若い女の子がいて辛かった。)
伊吹・・・2件 (1件は、ワンルームの若い女の子。うさぎが2匹部屋にいた。昼間留守。TT)
余呉・・1件 (若い男性の一人暮らし・・ちょっとねー。)
虎・・・1件 (わたしが疲れきった頃の申し込みで、話を進める気力がなく辞退。TT)
姫・・・なし(TT)
あ、そうそう、「何匹でもいいから下さい。動物の国を作りたいから。」
なーんて申し込みもありました。(^^;
たくさんのネッ友さんの里親募集リンクに支えられ
手をかけ、神経を使い育てた子たちだったので
ついついわたしの里親さんチェックが厳しくなってしまったのかもしれません。
なんちゃん一家が仔猫たちと仲良くしてくれたので
結局最後は、みんなうちの子にすることになりました。

5+6-1=10 10匹になった年でした。
あ、いえいえ、+ワンコも1匹・・・・おりました。(^^;
ユニークアクセス200になりました。いつもご訪問ありがとうございます。<(_)>
手をかけ、神経を使い育てた子たちだったので
ついついわたしの里親さんチェックが厳しくなってしまったのかもしれません。
なんちゃん一家が仔猫たちと仲良くしてくれたので
結局最後は、みんなうちの子にすることになりました。

5+6-1=10 10匹になった年でした。
あ、いえいえ、+ワンコも1匹・・・・おりました。(^^;
ユニークアクセス200になりました。いつもご訪問ありがとうございます。<(_)>
2008年02月10日
6匹目のねこ
きょうは我が家の6匹目のねこ、「びわ」のご紹介です。
義父母が亡くなってからは、毎月2回は必ずお墓参りに行っていたのですが
その墓地の裏口にいつも座っていたねこが、この「びわ」でした。
キレイなねこだったので、飼い猫が日向ぼっこに来てるのだとばかり思っていました。

あるとき身体に触れようとしたら逃げ出して
そのとき初めて、足が少し不自由だと知りました。
そして、おなかが大きくなってしてしまっている・・ということも。
その当時のかかりつけの獣医さんが、墓地のすぐ近くだったので
聞いてみると、捨て猫らしい・・ということ。
墓地で食べ物をもらってはいるようでしたが
このままここで仔猫が生まれてしまったら・・・と
いろいろ考えたあげく、保護することに。
しかし・・・おとなしそうな顔をしているのに、ものすごく気がキツイ!
オットとふたり、やっとの思いで捕獲しその足で獣医さんへ。
歯周病の治療痕があり、やはり飼い猫だったということがわかりました。
足は生まれつきの小児麻痺か
脳梗塞の後遺症ではないか?・・・と獣医さん。
生活リハビリで、残存する運動能力を低下させないように・・ということでした。
一日入院させて各種検査、シャンプーしてもらい
家に連れて来た翌々日、2002年5月24日に5匹の仔猫を産みました。

墓地で見てた頃は大人しい子・・という印象だったのに
家ではシャーシャー・・威嚇の嵐。
そんな母猫のもとで育った仔猫は、今でもちょっとビビリな性格です。
ま、しかたないですね。

あとから近辺のエサヤリオバサンに聞いたら
兄妹(姉弟)で捨てられたのだということ。
オスのほうは捕獲できて去勢手術されたようですが
びわは気が強くて捕まえることが出来なかったということでした。
「足が悪いのでかわいそうだと気になっていたけど
家猫にしてくれる人があってホントに良かった。」
と喜ばれました。
が、しかし・・・
わたしはびわからの激しい威嚇~仔猫のしつけ・里親探しの気苦労がたたり
どうもそのあたりから、急に老け込んでしまいました。。。。(TT)
足は悪いけど、ちゃ~~んと歩いています。
まだ庭が草ぼうぼうだった頃、1年半ほど前の画像ですが
今もこんな具合で歩いています。
わたしがリハビリと称して歩かせるので、びわはわたしを嫌ってます・笑
びわはオットが大好きで
この子は義母の生まれ変わり(化身?)ではないかと・・
わたしは密かに思っております・笑
義父母が亡くなってからは、毎月2回は必ずお墓参りに行っていたのですが
その墓地の裏口にいつも座っていたねこが、この「びわ」でした。
キレイなねこだったので、飼い猫が日向ぼっこに来てるのだとばかり思っていました。

あるとき身体に触れようとしたら逃げ出して
そのとき初めて、足が少し不自由だと知りました。
そして、おなかが大きくなってしてしまっている・・ということも。
その当時のかかりつけの獣医さんが、墓地のすぐ近くだったので
聞いてみると、捨て猫らしい・・ということ。
墓地で食べ物をもらってはいるようでしたが
このままここで仔猫が生まれてしまったら・・・と
いろいろ考えたあげく、保護することに。
しかし・・・おとなしそうな顔をしているのに、ものすごく気がキツイ!
オットとふたり、やっとの思いで捕獲しその足で獣医さんへ。
歯周病の治療痕があり、やはり飼い猫だったということがわかりました。
足は生まれつきの小児麻痺か
脳梗塞の後遺症ではないか?・・・と獣医さん。
生活リハビリで、残存する運動能力を低下させないように・・ということでした。
一日入院させて各種検査、シャンプーしてもらい
家に連れて来た翌々日、2002年5月24日に5匹の仔猫を産みました。
墓地で見てた頃は大人しい子・・という印象だったのに
家ではシャーシャー・・威嚇の嵐。
そんな母猫のもとで育った仔猫は、今でもちょっとビビリな性格です。
ま、しかたないですね。

あとから近辺のエサヤリオバサンに聞いたら
兄妹(姉弟)で捨てられたのだということ。
オスのほうは捕獲できて去勢手術されたようですが
びわは気が強くて捕まえることが出来なかったということでした。
「足が悪いのでかわいそうだと気になっていたけど
家猫にしてくれる人があってホントに良かった。」
と喜ばれました。
が、しかし・・・
わたしはびわからの激しい威嚇~仔猫のしつけ・里親探しの気苦労がたたり
どうもそのあたりから、急に老け込んでしまいました。。。。(TT)
足は悪いけど、ちゃ~~んと歩いています。
まだ庭が草ぼうぼうだった頃、1年半ほど前の画像ですが
今もこんな具合で歩いています。
わたしがリハビリと称して歩かせるので、びわはわたしを嫌ってます・笑
びわはオットが大好きで
この子は義母の生まれ変わり(化身?)ではないかと・・
わたしは密かに思っております・笑
2008年02月08日
続・続 なんちゃんの子ども
なんちゃんの子どもたち・・きょうはリョウちゃんのご紹介です。
7日の昨日は、リョウの祥月命日でした。
2005年9月7日、心筋症で急逝してから2年半経ちました。
昨年末まで、リョウが天に昇った霊園に、毎月ずっとお参りしていたのですが
納骨堂の遺骨が、静岡のお寺に移されてしまったことによって
やっと心の中でなにかがふっ切れ、霊園に行くのを終わりにしました。
それは、いつまでもその死を引きずっているわたしへの
ある意味キツイ贈り物(思いやり)のように思えました。
リョウは、なんちゃんが産んだ4匹のうちのひとりだけの女の子。
ごく普通のキジトラで、特にかわいい顔というわけでもないのですが
わたしのとっては最愛の子でした。

オットは、わりと夢見をするタイプの人間なのですが
後悔に満ちたリョウの死から、一度もリョウの夢を見ていませんでした。
ところが、わたしがやっとリョウのことをふっきれた昨年末・・
ちょうどクリスマスの頃でしたが、リョウが夢に出て来たそうです。
昔のように、クネクネころり~んとして、ご機嫌なリョウが・・。
あぁ・・やっとリョウがわたしの凝り固まった心から開放されたのだ。。と
なんだかホッとしました。
今年になって、わたしも2度目のリョウの夢を見ましたが
今回もリョウは、わたしが常に気になっていたことの、指針をしてくれました。
いつも厳しく見守ってくれている・・目が覚めたとき、枕が涙で濡れていました。
たった4歳で天国に行ってしまったリョウ。
亡くなる10日前に、出張帰りの息子が来て撮った写真。
息子の前で元気ではしゃいで遊んで、病気のかけらなどなにも見えなかったのに・・。

リョウの思い出、わたしの心の経緯はこちらから→「リョウちゃん」
7日の昨日は、リョウの祥月命日でした。
2005年9月7日、心筋症で急逝してから2年半経ちました。
昨年末まで、リョウが天に昇った霊園に、毎月ずっとお参りしていたのですが
納骨堂の遺骨が、静岡のお寺に移されてしまったことによって
やっと心の中でなにかがふっ切れ、霊園に行くのを終わりにしました。
それは、いつまでもその死を引きずっているわたしへの
ある意味キツイ贈り物(思いやり)のように思えました。
リョウは、なんちゃんが産んだ4匹のうちのひとりだけの女の子。
ごく普通のキジトラで、特にかわいい顔というわけでもないのですが
わたしのとっては最愛の子でした。

オットは、わりと夢見をするタイプの人間なのですが
後悔に満ちたリョウの死から、一度もリョウの夢を見ていませんでした。
ところが、わたしがやっとリョウのことをふっきれた昨年末・・
ちょうどクリスマスの頃でしたが、リョウが夢に出て来たそうです。
昔のように、クネクネころり~んとして、ご機嫌なリョウが・・。
あぁ・・やっとリョウがわたしの凝り固まった心から開放されたのだ。。と
なんだかホッとしました。
今年になって、わたしも2度目のリョウの夢を見ましたが
今回もリョウは、わたしが常に気になっていたことの、指針をしてくれました。
いつも厳しく見守ってくれている・・目が覚めたとき、枕が涙で濡れていました。
たった4歳で天国に行ってしまったリョウ。
亡くなる10日前に、出張帰りの息子が来て撮った写真。
息子の前で元気ではしゃいで遊んで、病気のかけらなどなにも見えなかったのに・・。

リョウの思い出、わたしの心の経緯はこちらから→「リョウちゃん」
2008年02月07日
続・なんちゃんの子どもたち
なんちゃんの子ども・・デンちゃんに続いて、サクラとテチです。
サクラは男の子なのですが、女の子のようなかわいいねこでした。
何かが出来るようになるのも、4匹のうちで一番最初で
頭の良い子でしたが・・
天才も神童も、オトナになればただの人(ねこ) サクラ

仔猫のときはしなかったのに
この冬から急に毛布フミフミをするようになりました。
幼児返りのオッサンねこ!?
現在6歳半。人間だったら40歳くらい?

ZIGZOの高野哲は、大きな声のボーカルでした。
だからテチは声がでかいのか!?
(その割には気が小さかったりします。)
オットが帰って来ると、お出迎えをして
大きな声で「きょうの出来事」を叫びます。
でもこうしてぬくぬくしているときには
『大声でお出迎え』のことを・・・忘れてしまいます。(^^;

サクラは男の子なのですが、女の子のようなかわいいねこでした。
何かが出来るようになるのも、4匹のうちで一番最初で
頭の良い子でしたが・・
天才も神童も、オトナになればただの人(ねこ) サクラ

仔猫のときはしなかったのに
この冬から急に毛布フミフミをするようになりました。
幼児返りのオッサンねこ!?
現在6歳半。人間だったら40歳くらい?

ZIGZOの高野哲は、大きな声のボーカルでした。
だからテチは声がでかいのか!?
(その割には気が小さかったりします。)
オットが帰って来ると、お出迎えをして
大きな声で「きょうの出来事」を叫びます。
でもこうしてぬくぬくしているときには
『大声でお出迎え』のことを・・・忘れてしまいます。(^^;
2008年02月06日
なんちゃんの子どもたち
2001年初夏
室内飼いしてたなんちゃんが、脱走してしまい妊娠。(生後10~11ヶ月の頃)
なんちゃんは発情期の症状が全くなくて
「まだ子猫だしかわいそう・・・」と、避妊手術を躊躇していたために。
今思えば当たり前のことだけど、当時の私達は全く無知で・・。
その後はきちんと不妊手術をするようになり、現在は全員手術済み。
なんちゃんは無事に4匹の仔猫を出産。
4つの小さな命・・・そしてそれを必死で守ろうとするなんちゃん。
涙と感動の日々。仔猫にメロメロの家族。
子猫には、当時ファンだった「ZIGZO」の
メンバーの名前を勝手にもらって付けました。
「デン」「サクラ」「リョウ」「テチ」(ホントはテツ)
当時解散の噂があった「ZIGZO」が解散しませんように、という願いを込めて
4匹離れ離れにせず、みんなうちの子にしました。
2001年9月6日 我が家の猫数はイッキに5匹に。。。

なんちゃんの子の中でもひときわ異彩を放つ!?
バットマンねこのデンちゃんです。
オットが帰宅すると、いつもは大きな声でテチが出迎えするのですが
そのテチを差し置いて、きょうはデンちゃんがオットの背中に飛び乗りました。
さすがバットマンです。(^^;

室内飼いしてたなんちゃんが、脱走してしまい妊娠。(生後10~11ヶ月の頃)
なんちゃんは発情期の症状が全くなくて
「まだ子猫だしかわいそう・・・」と、避妊手術を躊躇していたために。
今思えば当たり前のことだけど、当時の私達は全く無知で・・。
その後はきちんと不妊手術をするようになり、現在は全員手術済み。
なんちゃんは無事に4匹の仔猫を出産。
4つの小さな命・・・そしてそれを必死で守ろうとするなんちゃん。
涙と感動の日々。仔猫にメロメロの家族。
子猫には、当時ファンだった「ZIGZO」の
メンバーの名前を勝手にもらって付けました。
「デン」「サクラ」「リョウ」「テチ」(ホントはテツ)
当時解散の噂があった「ZIGZO」が解散しませんように、という願いを込めて
4匹離れ離れにせず、みんなうちの子にしました。
2001年9月6日 我が家の猫数はイッキに5匹に。。。

なんちゃんの子の中でもひときわ異彩を放つ!?
バットマンねこのデンちゃんです。
オットが帰宅すると、いつもは大きな声でテチが出迎えするのですが
そのテチを差し置いて、きょうはデンちゃんがオットの背中に飛び乗りました。
さすがバットマンです。(^^;

2008年02月05日
最初のねこ
一番最初にうちの子になったのは左の子で
右の子は今のところ、末っ子です。(これで最後にしたいよ~!祈!)
なんちゃん 7歳
みゃお 2歳

このふたりは滅多にいっしょに寝ないのだけど
きょうはどういうことでしょう~~(^^;
あったかいにゃ!

うれしいにゃ!

右の子は今のところ、末っ子です。(これで最後にしたいよ~!祈!)
なんちゃん 7歳
みゃお 2歳
このふたりは滅多にいっしょに寝ないのだけど
きょうはどういうことでしょう~~(^^;
あったかいにゃ!
うれしいにゃ!

「ひまわり・奇跡の母子犬」
